プロフィール

プロフィール

https://nakashin.net

このサイトではミニマリスト視点のおすすめを書いてます。

何故、ミニマリストをしているのかを知ってほしいので、私がモノを持たなくなったストーリーを紹介します。

ミニマリストのきっかけはアフリカの村での生活

二十代にボランティア活動のためにアフリカへ。

数年間を彼の国の村で暮らした。

電気はあるが停電はしょっちゅう、家に水道はなく共同水道に水を汲みに行く。
アパートの壁はブロックを積み上げてセメントで固めてあり屋根はトタン。

アフリカらしい電気も水も無い村でもなく、都会のようにビルがそびえ立つわけでもなく、その中間のふつうの村で生活した。

村で所有について考える

村で活動を始めてから物理的なモノに関して考えさせられることがたくさんあった。

住み始めた初期は村の人達のモノへの感覚が理解できなかった。

物を借りても返さないし、お金を貸しても返さないのはあたりえ。
私のアパートにあるものは共有財産であるかのように断りなく持っていかれる。

なので、必死で自分の所有物を守ることに神経を使う日々。

でも、だんだんと生活に慣れてくるとモノの共有の感覚がわかってきた。
彼らは全てのモノを共有のものと考えているわけではなく、
食べ物や生活必需品系のモノは断り無く平気で持って行かれるけれど、
本や電化製品などは持っていくまえに断ってくる。

生きるために必須のものに関しては共有する感覚なのだろう。

「お金を貸して」への対応の変化

村の中では私はお金持ちだった。
なぜなら、公務員程度の生活費を毎月得ていたから。

金額は外国人が安全で健康的に生活するに適正な金額であったが、
村の普通の大人たちから見るとお金持ち。(もちろん、私よりお金持ちも当然居る)

だから「お金を貸して」という相談はしょっちゅう受けた。

ピーナッツを買うから10円貸してというレベルから
家族がピンチなので10万円貸してまで様々。

初めの頃は全てを拒否していたが、知り合いが増えると貸さざるをえない。
なぜなら、狭い村の中で生活していると助けてもらうことも沢山あるから。

貸し始めた頃はお金を期日を決めて返してもらうことに一生懸命になった。

お金を返すことはあたりまえで、
借りた人にルールを守らせることは正しいと信じていた。

でも、返してくれないことが多くなってくると、
だんだんと返済を要求しなくなった。
自分にとって余裕があるお金があれば返してもらわなくてもいいかと。

だんだんと、自分の信じる「貸したものは返す」が正しいかに疑問を持つようになった。

そして、ある日から、貸すのはストップしてお金はあげた。

言葉上は貸すと言うがお金を渡したら返ってくることに期待しないということ。
逆に、絶対に返して欲しくなる大きな金額を渡すことは止めた。

もちろん、いつもどおりに殆どのお金は帰ってこなかった。
ただ、お金をどうやって返してもらうかに悩むことがなくなり心は落ち着いた。

モノへの固執が減る

お金と同じようにモノに対しての視点も変わってきた。

自分の生活に困らないモノであれば誰かに渡したほうが気が楽。

必要な時に誰に借りられるか、何処でいくらで購入できるか、それさえ知っていればモノを自分自身で確保して持つ必要はないと気がついた。

村を発つころに持ち物を譲る

日本に帰国する時期が近づくと

「あれはぜひ俺に置いていってくれ」

という要求を毎日、いろいろな人から言われる。

気分が悪くなることもなく適当に流しつつ、
村の人たちの中で喧嘩にならないと判断したら渡した。
家具や服など生活用品はドンドンとあげた。

モノが減っていくと、実は何もいらないんだなあ、と感じ始め、

そして、何処まで減らせるか挑戦しだした、

高級なカメラやカバンは村の誰に渡しても喧嘩になりそうなので、
村から遠く離れた場所で活動中の同僚ボランティアに譲った。

ついに、全ての持ちモノを誰かに譲った。

飛行場では歯ブラシ1本

帰国の日に空港に持っていった荷物は

歯ブラシ1本、

加えて旅行に必要なパスポート、航空券、クレジットカード、現金だけ。

チェックインで預ける荷物もなくバックパックもなく手ぶら。(このサイトのタイトルはココから来ています)

服装はシャツに薄手のジーンズ。
ポケットに歯ブラシとパスポートとクレカと現金。

そのスタイルのまま、アフリカ2カ国を半月間旅行してヨーロッパへ移動、

寒い7月のロンドンに着いてから、凍えそうになり長袖を買い、イギリスとフランスを半月間旅行した。

日本に帰るまでずっと手ぶらで1ヶ月の海外旅行ができた。

別送の荷物もなく何も持たずに日本に着いた。

手ぶら旅行は何処でも旅行者ではなく地元民気分で歩けるのが楽しい。カバンすら無いことが地元民のような気分になるのかも。

ミニマリストを続けていく

日本に着くとアフリカに行く前に実家に預けたダンボール(大)10箱分の荷物が待っていた。

本、ビデオ、服、寝袋、工具、などなど

最低限の服、シュラフ、工具だけを残し、ほとんどを捨てた。

そして、サラリーマンになった。

 

今は、完全な手ぶら生活はしていない。

書類、パソコン、スーツにシャツなどスーツケース2つ程度の荷物は持っていて、バックも持っている。

だけど、いつでも全部手放してハブラシ一本で旅立てる気持ちだけは忘れていない。

おわりに

アフリカでの体験が私のミニマリスト的な生活の原点であるストーリーでした。

あのころはミニマリストという言葉もなく、ただモノを持たない人。

かなり、変な人に見られた時期もあった。

でも、今はミニマリストという言葉もあるし、最低限のモノで暮らす仲間が増えて嬉しい限り。

これからも、モノは最小限、いや、モノを持つのは構わない、

大事なことは、いつでも手放せる気持ちで生きることかな。

 

★このサイトで1番のおすすめ記事は、おしりを守る手動ウォッシュレット、世界中に広まって欲しい!

手動ウォッシュレット
ミニマリストのトイレは手動ウォッシュレットで万全

続きを見る